星野誠 makoto hoshino

だいたい面倒くさいから子供に向かって怒る。どんな素行をしても帰れる場所が必要だ。

2019.4.22

うちの妻は以前、児童養護施設で働いていて、

今、社会的養護のNPOをやっている。

妻が一ヶ月に一度勉強会を開いているのだけれど、

その勉強会に初めてちょっとだけ顔を出してきた。

 

その際のトピックが、

児童擁護、自立支援施設を卒園した後の生活、自己実現についての話だった。

 

大人はだいたい面倒くさから子供に向かって怒る。

赤ちゃんが起きたら、めんどくさいから静かに。

走り回ったら、うるさいから静かに。

自分の管理下に置いておきたいから、静かに。

大人の都合で、すべてが決まる。

大人の都合で子供の才能が潰れてく。

せっかくの子供の純粋な才能が見えなくなっていく。

普通の家庭ですらそうなんだから、

人の子を預かる組織になったら、なおさらだ。

めんどくさいことはまっぴらごめん。

大人の都合の意味のわからないことばかり。

当事者と教育者の意識のすれ違い。

 

子供の自己実現には、絶対的に安心できる場所が必要だ。

良い子だから帰れるなどでなく、悪い子でも帰れる。

良い悪い関係なく、最終的に帰れる場所。

それが家であれば、もちろん最高だけど、

最悪はとなりの兄さん、おじいさん、学校の先生でもいい。心の拠り所。

心が安心できる場所、批判も評価もされない拠り所。

家がある、ないに関わらず、自己実現には、

絶対に何があっても帰れるシェルターのような場所。そんな場所が必要だ。

家があっても、殺伐とした家庭は拠り所にならない。

間違いなくその子供の自己実現を阻む。

もし家庭がそうでないとしたら、想像上の拠り所でもいい。

自分にとって大切な本や想像上の歴史の人物、なんでもいい。

評価されず、自分が絶対的に信用できて、どんな素行をしても帰れる場所。

そんな場所が絶対必要だ。

 

 

 

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