「でもパパ、あばれるからなぁ〜」
「でもパパ、あばれるからなぁ〜」
小学1年生の次女に言われ思わず苦笑いした言葉。
1ヶ月ぐらい前、公園で次女を叱った。
なんか、プツんとスイッチ入って、結構な勢いで、
その場のみんなが引くぐらい。
自分では叱ったと思っていた。
けど、どうやら自分は叱ったんじゃなく、
感情をただただ発散して「あばれてた」みたいだ。
姉妹で喧嘩ばかりだし、横入りしたりと、
そんなことばっかりだからと、
自分では、叱ってたと思ってたんだけど、
どうやら本当のところは違って、
ただ自分の感情のはけ口として「あばれてた」だけ。
「でもパパ、あばれるからなぁ〜」(次女)
この言葉を聞いて、苦笑いして他の2人の娘にも聞いた。
「え!あの時ってパパ、あばれてただけ?」
「うん、あばれてた」(娘たち)
「叱ってたつもりだったんだけど」
「すっごいあばれてた」(娘たち)
「そう?うーん、ごめん。ちょっと気をつける」
「パパ、心のお手紙忘れてあばれるんだもん」(次女)
「忘れちゃうんだよ。ついつい、ごめん」
「忘れないようにしなよ」(次女)
「そうしようとは思ってるんだけど、
かれんもパパに心のお手紙忘れさせないようにしてよ」
「いーだ」
(そういってその場を立ち去る次女)
で、改めて気づいた。
今まで、自分は娘たちを叱ったことがないのかもしれない。
ただ感情にまかせてあばれてただけなのかもしれない。
自分はただの
あばれるくん だったのか。。
なんて残念な。。っ
毎日が教育です、娘のじゃなく、娘たちからこっちへの。