星野誠 makoto hoshino

物体としてあっても心がそこにいない『ウォーレンバフェット氏になる』

2019.11.5

ドキュメンタリー『ウォーレンバフェット氏になる』を見た。

これはこれですごく面白かったのだけれど、やっぱり一番ひっかかったのは、結局奥さんと離婚することになり、奥さんが言っていた言葉。

「物体としてはそこにあるのだけれど、心がそこにいない」

子供達も同じようなことを言っていた。

「物体としてはそこにあるのだけれど、心がそこにいない」

これは、ウォーレン・バフェット級の世界一の男になるにはいたしかたないものか?

これは何か他のドラマでも見たような気がするし、本当に永遠のテーマなのだろうけれど、世の旦那さま、子を持つパパ、ママ「一緒にはいるけれど、心はそこにない」そんなことになってないです?

前に見た日本の映画「万引き家族」では、「一緒にはいるけれど、心はそこにない」実際に血の繋がった両親と「一緒にいて、心もある」赤の他人が、とてもうまく描かれていた。

それなら絶対「一緒にいて、心もある」赤の他人のほうが断然いい。

「一緒にはいるけれど、心はそこにない」今一度ああああ、、、これはやばい!!!と気付かされた、よい映画だった。「ウォーレンバフェット氏になる」

 

 

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